倫理指針で求められていることは何か
研究計画書に求められているものは何か
研究とは、社会のためにある。
目的と結果の示し方も大切。
今の社会では必要とされないが、未来の社会で必要とされるものもあるのではないか。
その時評価されなくても、時間の経過とともに評価される研究もあるのではないか。
社会的認知は必ずしも必要とは言えないのではないか。
過去の研究者は時間とお金に余裕がある人だったと知った。
現代ではそのような人は天皇家くらいか。
今の世の中で「研究」できる人は、社会から託された人であるとの認識を得た。
研究者に、社会が時間とお金を配分しているなら、研究者は、研究成果を社会に対して説明する義務があるというのは納得できる話だ。
医療の研究は、医療における問題の解決のために行うべき。
調べても解決できない問題の解決が医療では求められている。
結果が報告されないものは「研究」ではない。
結果を早く知ってもらいたければ学会発表、距離を超え、時間を超えて伝えたければ学術論文、世界中の人に参考にしてもらいたければ英語で記述するという考えは理解できる。
優れた研究とは多くの人の問題を解決するものという考えは理解できるが、少数が抱えている問題を解決するということも大切だと考える。
自分ができることではなく、社会が必要としていることから自分ができることを探すという視点は大切だと思う。
倫理指針に反することは法律違反ではないが、研究においては認めてもらえない。
医療においてはどうか。
研究テーマの設定において、そのテーマとなる臨床上の問題に対し、すべてを解決しようとする視点ではなく、解決できる部分を探すという視点が大切だと納得した。
研究計画書に基づいて研究することが近道だと認識した。